次の租税教室に向けて

 今日は。また「租税教室」を受け持ちます。今度は中学生が相手です。原稿は出来ています。今度初めて「プロジェクター」なる物を使います。
 中学生が相手だと、あまりゆっくり話す事を意識しない。よって原稿が大分長くなりました。「プロジェクター」は適当なのを選んでUSBに入れときました。それでも心配なので10枚余り人数分(小さな学校なので15名です。)プリントして持参する予定です。なお、実施は12月初めです。
 今度は、自分が税理士を目指した経緯を少しだけ話します。中学3年生にもなれば、将来に向けて並々ならぬ不安と意気込み(普通は不安が圧倒的に勝っているものだと思う。)があるので体験者の話を真剣に聞いてくれると思う。
 ただ、それとは別に、いつかブログに書こうかな!と思っていた事を書きます。
 自分は20才の時、交通事故で3週間ばかり入院しました。そこでタバコを覚え、20代は遊んでばかりいました。周りからは、「お前は女以外は何でもするヤツだな。」と言われたものです。実際楽しかったです。だけど、自分ばかりでも無いだろうけど、どうも春先になれば風邪をひいて二日ばかり会社を休むのが恒例になっていたので、「風邪をひかない体になれないかな」と思い、タバコを止めました。
 そしたら、体に「異変」が起きたのです。それは、早々に現れました。喫茶店で週刊誌を普通に読んで、その文章が1週間経っても頭から出て行かないのです。邪魔で仕方が無かったです。母にそれを話すと、「それじゃお前、何か資格でも取ったらどうだ。」と言われました。
 なるほど、それは良いかも。と思って、でも何の資格にするかが決まらず、6月になって、「3時間で分かる簿記」という本を買って、それを海辺で「リクライニングチェアー」に座って5時間掛かって読みました。内容は分かりました。
 その時から税理士をターゲットに決めていました。理由は6つ。この内容は以前書きました。
 私は別に「オレは天才だ。」と言いたい訳ではありません。何故、試験勉強に没頭できたか。を書きたいのです。仕事(3交代勤務でした)を終えて、車庫に車を止めたら、「ウォー」と叫びながら家の2階へ駆け上がって、窓を空け、次の瞬間には「静寂」の中へ没入して勉強を始めたのです。毎日そうしていました。そしたら、ある日、窓の外から「お前、どうかなっているんじゃないか?」と、母に言われました。照れくさかったです。だけど自分の気持ちはその後10年間変わらなかったのです。
 何故10年間なのかというと、勤めていた会社は倒産し、自分はまだ3科目しか合格していなかったし、今年の試験もダメだろうと思い、毎日遊び呆けていたのです。そしたら、12月、4つ目の科目「簿記論」の合格の通知が届いたのです。
 変な話ですが、自分は、人が「難しい」と言う科目は1回で合格し、「易しい」と言う科目は散々苦労する(時々こういう人はいます。)タイプなので、一番易しいと言われる「簿記論」の合格は天にも昇る位に嬉しかったのです。父親にお願いして、一緒にバンザイを30回位しましたか。何故なら、4科目合格すればあと1科目、もうヤメる事は考えなくて良いからです。
 結局、最後の1科目(固定資産税)の合格までその後20年掛かってしまいましたが、人生だから、その間には話し切れない程いろいろありました。
 又、変な事を言いますが、時代はオレを追いかけて来ている。と思っています。それは、
① 真面目すぎる人などという言い方はとっくに無くなった。(若い頃はそう言われてすこし悩んだものです。)
② 一人だから孤独なのでは無い。社会的に孤立する事が一番の孤独。今の自分は「明るいお年寄り」かも。
③ 60代は年寄り扱いしなくなった。それどころか、定年さえもが無くなった。だから「自由業」を選んで正解だった。
④ 健康志向の高まりから、自分も含めて、気持ちと体力の面で「若返り」と言っても良い位に「プラス志向」な時代に入った。
⑤ ネット社会が膨大な情報を与えてくれる。自分は今でも何か物事を考え続けていないと気が済まない所がある。
⑥ お一人様と同時に年に関係なく(年代をも超越した)社会が築かれようとしている。(全世代型社会保障?‥これは少し違う。)
⑦ 働き直し、学び直し、その内「住み直し」、「結婚し直し」、挙句には「他の星へ行こうか?」という時代になろうとしている。
 話が大分逸れましたが、一番言いたかった事は、単純に「遊ぶだけ遊んだら次は勉強しなさい。」と自分に言って、それを実行したら、結果的に「人生を立て直したかの様な今」に至っている。‥というだけの事です。
ま、こんな事を言っていられるだけ幸せというものです。「人間万事塞翁が馬」という難しい言葉を知ったのは50代半ばでした。
 最初に戻りますが、中学生には「夢を諦めなかった」点だけを伝えれば十分と考えます。 長くなりました。では、また。

老人の最後の使命?

 今日は。久しぶりの感じです。急に思い付いた事を書きます。
 日本の債務残高が1.100兆を超えたと言う。だけどその内、日本銀行が買っている部分が大きいとか。日本社会において「危機感」が乏しいのは何とか日本経済が動いているから。
 では、「新しい通貨」を日本銀行が発行するとしたら、どこかに眠っている財産は新しい通貨に替える事無く消滅して、それが日本の通貨発行額の減少を発生させる。となると、誰かが儲かるハズ。‥そうやって日本が生まれ変わる時が来るのかも。
 自分としては今後30年以内にそうなれば良いと思っている。丁度「南海トラフ」とやらによる大地震の発生時期に重なる。
 その頃には世界の人々の「人生観」も変わっていると思う。それは、みんな「ジプシー」になって故郷を脱出すれば良い、その為には自分の住処(すみか)を複数持つ、あるいは持たない。‥という考え方。
 ところで、今、自分は「石川秀美」をYoutubeで見るのが大好きです。何故かな?と思っていたら、丁度自分が「税理士の試験勉強」を始めたのが30才、つまり1986年からだった。その頃はテレビなど1日に5分も見るものか。位に勉強に熱中していたので石川秀美さんが今、すごく新鮮なのです。
 何でこういう話をするかと言えば、所詮人間は短い青春を楽しみ、世の為に何かを尽くそうと思って生きて、何かを残して死にたいと思っているだけの超個人的な生き物だと思っているから。
 常に自分の考え方を世の中に発信し、こう有るべき、あるいはこうなれば良い‥とささやかな行動に出るが、余りにも情報が溢れ過ぎ、逆に世の中では無く自分の為に生きたいと思い始める。
 その結果、人が働かなくなる。それは「人手不足」とは意味が違っている。働いているフリをする事が始まる。→今の自分自身は正に「働いているフリ」をしている存在となっているが、仕方無い。
 これでも精一杯だと言い訳をしながら人生を楽しんでいる。これで良い。思えば、亡き母は死ぬ間際に、「時々見に行くから。」と自分に言ったけど、それは‥真面目に生きなさい‥という意味と、寂しいから会いに行くね。‥の気持ちだったと思う。今、自分が曲がりなりにも税理士を名乗っている事をどう思っているやら。
 老人の最後の使命は、『おとなしくこの世を去る事』かも。‥これだけは30年後のつぶやきで有りたいが、それにしても残暑が戻って来た感じです。では、今日はここまでとします。