日本は社会主義国だった?

 今日は。以前から思っていた事を少し書いてみたいと思います。
【1】長い鎖国の歴史がある。
 日本は江戸時代に約200年間も鎖国政策を取っていたと言う。これは日本人の心理としての何かバイアス的な考え方により、ま、これで良かったんだ。‥的な考え方に落ち着く。小学校でも「あれは間違いだった。」とは教えられなかったから。
【2】泥棒を美化する文化がある。
 かつての"石川五右衛門"は大金持ちばかりを狙って盗みを働いたとか。これを現代的に考えれば→盗んだ物の大半が日本に留まっている限り大騒ぎする事は無く、「金は天下の回り物」と言ってある種の「共有的な考え方」に落ち着かせるのは、先程のバイアス的と同じかも。
【3】何を盗んでいるのか?
 この点では"私論"ですが‥未来の日本から夢を盗んでいる。‥と考えるしかないと思う。国の債務残高があまりに多すぎる。まるで「親のスネをかじるグータラな子供」みたいです。
【4】アベノミクスとは?
 いつも日銀総裁を後ろ盾にしているかの様な構図でメディアに登場するのは、「自身が全然判らない事は専門家に丸投げすれば良い。」という考え方なのだと思う。逆に専門家から見れば、安倍さんの能力の限界が丸見えの感がある。
 安倍さんは「バブルよもう一度」と躍起になっていたのだが、もはやもう自分を捨てて、初めて真面目に考えようとしている‥のかも。などと考えていると又、足元をすくわれそうな気がする。
【5】日本と言う国は?
 昔、記事に書かれていたが、日本は「政府よりも国民の方が賢い数少ない国の一つ」なのだとか。ヨーロッパではドイツあたりがそういう国なのだろう。よく、アジアのリーダーとか言われるが、日本の国民性(とにかく勤勉)とある種の偶像(遠くから見ていると良いイメージが先行して見えてしまう現象の事)が重なって、更に運も味方したので「古き良き日本」が出来上がってしまったと思う。
【6】政府は何をしている?
 真面目にやらざるを得なくなって来ている。だが、今となっては"先進国"であり続けたい"が為のムリが出てきていると思う。日本は古来から歴史を重んじる国であった(歴史がある国は皆そうかも)。そこはアメリカとは真逆で面白いと思う。なのにアメリカと同盟を結んでいる変な国です。
【7】世界の行く末は?
 世界全体が"疲弊"していく中で生き残る為には現代の「ガマン大会」を文字通り耐え凌いでいくしか無い。国民はその事をよく理解しているから政府に文句を言わないのだと思う。
 結局、AIあたりが未来予測をして人間を超えた存在になるまで待つ。→AI対人間の争いが生まれるがそれは仕方ないと思う。
【8】未来は?
 何かを捨てて掛からないと目的が達成出来ないという現実(実はこの点に耐え切れなくていわゆる"凶悪犯罪"が頻発している。)はAIで克服出来るか?‥ムリ。
 人間は"価値"を交換しながら人生を送っているから。聞いた話ですが、地球上から人間が居なくなっても大した問題ではない(微生物が居なくなると地球はオワリなのだとか。)との事。
 以前、人間は"脳を養殖"したいが為に地球上で養われている‥と書きましたが、ここは開き直って、社会主義国でも何でも良い。"脳を進化"させて→何かを成し遂げる事を人類の目標に据えて行かないと、ダメだから。
 どうも最後はまとまり切らなかったですが、今日はここまでにします。では、また。

絶対に落ちてはいけない"ワナ"について(その3)

 今日は。ブログもだんだん話が小さくなってきました。今日の話もカットしても良い位の小ささです。
【7】車のブレーキを掛けられた。
 これも20代後半の出来事です。ある時、車で後を付いて来る様にと言われて追尾していたら、やたらと山道をすっ飛ばす(自分はスカイラインRSターボだから余裕アリです。)ので、これは何かあるかな?と胸騒ぎがしました。
 案の定、自分は途中からそれまで80㎞位だったのを60㎞位に落とした矢先でした。目の前にタイトな右カーブが現れました。これはきっと‥と感じ、急減速をすると、カーブのすぐ先には信号があって"赤"でした。
 でも、ただの偶然とは思われなかったのです。→たとえ"青"でも止まれば良い。→後から付いて来るRSターボが止まれずに追突するから。その為に目一杯飛ばしていたのだから。‥という訳です。
 考え過ぎでは有りません。次の日、会社で仲間にお願いをしました。→あいつに‥「新車を一台貰い損ねたそうだってな。」と声かけして欲しい‥と。→そうすると、ヤツ(勿論、自分のすぐ先を安っぽい車ですっ飛ばしていた男です。)は直ぐに引っ掛かりました。‥「そうなんだ。惜しい事をしたよ。」と言った舌の乾かぬうちに、「何でその事を知っているんだ。おれとあいつ(もう一人仲間が居ました。)しか知らない事なのに。」と続けました。
 自分は偶然、すぐ傍でそのやり取りを見ていました。自分だけでなく、そこにいた仲間も事の顛末は飲み込めた様でした。何が言いたいかと言うと、20代の男にとって車はやっぱステータスであり、回りの男はライバルです。良い車に乗っていると、妬みを買ってしまうのです。でも、何も"追突"させて新車をセシメようとはいささかゾンザイな考えですネ。なお、ヤツはその後、自分を後ろからこん棒で殴り掛かったその男でした。
【8】荷物を落とされた。
 これも先程と同じ位の時期でした。こっちの話はもっと小さい、情けない話です。身体の小さめな男(自分より少し年上でした。)ともめ事になり、喧嘩になり、自分はその男を"折りたたんで"ゴミ箱にハメて放置しました。別にそれ位で死にはしません。
 それから数日後、昼を食べて、空箱を持って歩いていると、ふと、何かの影がよぎった気がしました。→その瞬間、自分はその場所から身を投げ出し、受け身をしました。→何と、空から"布が一杯入った袋"が"落とされた"のです。大きな袋で、まともに頭に受けていると、死んでいたかも‥位です。会社は染色会社だから、布袋は日常的に2階の通路からトラックに落とすシステムが出来ていました。
 この話は‥自分に落ち度が有ります。いくら喧嘩したからと言っても、人をゴミ箱にハメてはいけません。ただ、その男は一度そうする事で"気が晴れて"その後は何も起こりませんでした。なにせ会社が大した事無い会社だったので、いずれその男はヤメていったのです。
 こういう事が起きること自体、自分の人としての"いい加減さ"を表していると、今でも思っています。
【9】山で川を渡ったこと。
 この話は相手のいない一人芝居です。私の趣味はサイクリングで、日帰りでなるべく遠くまで出かけて行く‥というスタイルで楽しんでいました。あれは30代になっていました。朝5時位に出発して"有峰湖"へ行きました。たしか2度目だったので、有峰湖の向こう側から41号線へ抜けて来ようと思ったのです。
 地元の人に道を尋ね、山道を1人で走っていると、そこには"丸太を2本並べただけの橋"が掛かっていました。長さは5㍍位、川からの高さも5㍍位は有ります。私は自転車と共に渡るしか無いのです。自転車をバラして少しずつ持って渡ろうか?とか考えましたが、めんどくさいので自転車を押して渡ろうと決めました。バランスを崩すと、ま、命は無いでしょう。身体は疲れているし、もう夕暮れも近いし、道を戻る気もしなかったので、少し休んで、ゆっくりと渡りました。足は竦むし、バランスはおかしくなるし、とても怖かったです。
 結局、無事に渡り、家に帰ったのは夜中の12時を回っていたと記憶しています。母はただ、「何をしていたが?遅かったぜ?」と言いながら編み物をしていた事を忘れません。どんなに心配でも騒がないというのが昭和一けた生まれの母の生き様だったようです。それからは、親に心配を掛ける生き方をしない様に心掛けて来ました。
【10】勉強だけは唯一、ワナが無かった。
 私は30歳の春から税理士を目指して勉強をしていて、会社はその翌年に潰れ、近くの鉄工所で働きながら、サイクリング位を趣味とし、生きて来ました。現在64歳ですが、趣味も変わらず、RSターボから"アルテッツア"に乗換え、いろいろ在りながらも税理士試験をパスし、今は何だかのんびりと過ごしています。気分は完全に「年金生活者」です。
 今、一番に思うのは、20代は危険が一杯だったから、自分には勉強に明け暮れる人生が似合いだったかな?と言う事です。毎日、5時位に気持ち良く目覚め、一日の出来事を手帳にメモりながら、新聞とPCに向き合いながら生活しています。
 偉そうな事は言えませんが、人生の最終的な評価は「これで良かったんだ。」と思えるかどうかで決まる。と思います。
 私は1人暮らしになってもう7年になりますが、之まで1~2度、「お前が死んだらどうなるんだ?。」と言う様な言葉掛けをされました。でもおかしなもので、税理士の肩書きを手にすると、周りの人が勝手に気を使って"言葉に気を遣う"様になり、静かに暮らせています。‥かと思えば昨年の様に"田んぼで怒鳴り倒された"事も有ったり。
 そう言えば、その"怒鳴り倒した"人は先日"地区の集金"においでて、挨拶の後、玄関の土間の所に膝を付いて「領収書」を切って私に渡して行かれました。私は"逆に"自分だったら「この様な態度」を取れるかな?と思いました。
 人間社会はよーく観察していると、全てがバランスの下に成り立っているんだ。と何時もながら気付かされます。これからも「人生とは?」という問い掛けを忘れずに過ごして行きたいと思います。長くなりました。今日は此処までです。では、また。

絶対に落ちてはいけない"ワナ"について(その2)

 今日は。今日は"ワナ"の続きです。
【4】女の子が飛び出した。
 あれは私が23才の頃です。仕事の帰り道、何かの「胸騒ぎ」を感じました。何かと言うと、その当時、「人を跳ねると一生が台無しになる」位の事は普通に言われていました。現在とは違い、車は"一家に一台"の時代で、逆に言えば、事故というのも少なく、ただ悲惨なイメージがあって、極端に言えば、「車を運転するだけで"犯罪者扱い"」という社会でした。
 胸騒ぎというのは、近所の"塀"の影から女の子が飛び出す‥というものでした。そこで私は車を時速15㌔位まで減速して(それでも秒速4㍍ですよ。)その"塀"に近づきました。そしたら、「ドン」と言う「声」が聞こえた気がしました。「ドン」とは、勿論、「ヨーイ、ドン」のそれです。次の瞬間、2~3才の女の子が飛び出して来ました。私はその瞬間にブレーキを踏みました。すると間髪を置かず、"塀"から"近所のお婆ちゃん"が飛び出してきて、必死に私に向かってお辞儀を‥何度も何度もしました。
 とても怖い話です。そのお婆ちゃんも当時の女の子も現在、同じ家で元気に暮らしています。私は当時の事が少し"トラウマ"になっているかも。ま、単純に「車の運転には気を付けよう。」で片付けておくべきでしょうけど。
【5】頭の中で小さなバクハツが起きていた。
 これは"ワナ"と言うのでは有りません。原因は今も不明です。
 時々、「何等かの原因に因って‥」病気が引起される。という表現をする人がいらっしゃる。ここの辺りが現代の医療の限界を表している。と思います。
 私は20代前半は「何でこんな人生になってしまったのか?」という思いが拭えず、それが原因かどうか?それは判らないけど、自分の頭の中で、何かバクハツが起きるのです。寝ていても身体がビクッと震えて目が覚める事が良く有りました。友人に話すと、何処かの医者に相談してあげようか?と言ってくれたのですが、断ったと記憶しています。
 それから気付かない内にその"症状"は収まって行きました。何が言いたいかと言うと、生身の身体は微妙なバランスでもって成り立っている。だから、思いもしない、例えばリュウマチとか、その他の病気(精神的な事も含めて)が引起されるものなんだと言うことです。
 自分の場合は「呑気に暮らす」事で身体がバランスを取り戻したのだと思います。
 私の同級生で、税理士を目指していた人が居ました。ある時、私は税理士事務所で働きたく、履歴書を書いて、税理士事務所巡りをしていた時期が有りました。そしたら、ある事務所でその「同級生」に出くわした様です。年月が経っているので私は気付きませんでしたが、何せ「履歴書」を渡しているので、‥その同級生は元々何処か身体が丈夫で無かったみたいです。‥と言っても事後的にそう言っているだけですが、‥その同級生は、その後、体調が崩れて働けない身体になってしまったのです。どうやら私の事が大変なカルチャーショックになってしまった。(後からなら何でも言えてしまうのですが。)のだと思います。
【6】車を"細工"された。
 この話は怖すぎるので、少し短めに書きます。
 20代半ばでした。その当時、自動車の整備業というのは道端で太陽の下、割と「呑気」にやってらしたのです。いわゆる「カーショップ」です。自分はアルミホイールを付けたくていくつかのカーショップを見て回るのが休日の暇つぶしでした。
 ある時、店から帰る時、自分の服の裾が「ジャッキ」のレバーに触りました。その瞬間、ジャッキが下がりました。車の下には若い男の人が作業していました。自分は"怖くなって"すぐに帰りました。その後は、その男の人は助からなかったようです。
 自分は誰からも、勿論、警察からも何の問合せも有りませんでした。
 その後、とあるカーショップでアルミホイールを購入して車に取付けて貰ったのですが、その時の整備員の人こそ、前記の「若い男の人」と一緒に働いていた「兄貴の感じの人」でした。その際、「随分と作業時間が長いナ。」と感じました。それから車の調子が変になりました。アクセルを踏み込むとアクセルが戻らなくなるのです。自分は「呑気」な性格の為、気を付けて運転すれば良いだろう。と思っていました。
 その2~3年後、車を乗換え、ロケットみたいに速い車を飛ばして、「これ良いナー」と思っていたら、ある時、その速い車を買ったお店の社長から電話が掛かって来て、‥その時下取りに出した車を買った女性が友達連れでドライブしていて、高速道路で事故を起こし、どうやらアクセルが壊れて、ブレーキが焼付いてクラッシュした。当然死者も出た。と言う話です。その社長は私の事を責めたりはしませんでした。
 その後、生き残った"女性の友達"から電話がありました。そこで車に何か細工をされた様だと言う事を伝えました。"女性の友達"は「あの世へ行ったらそう報告します。」と言った様な記憶が有ります。
 以上、怖い話は出来たら書きたくないのですが、現在においても其処かしこに"落とし穴かあるいはワナ"と言うしか無い事実が有り触れている事を知ってしまったので、"落ちずに人生を全うする"事が実は人生で一番大切な心構えなんだと言う事を伝えたいのです。
 まだ先は続きますが、今日はここまでにします。では、また。