人生は奇跡の連続だ‥その4

 今日は。今日は小さい話から始めます。
【1】命を助けられた。
 私が2~3才の時です。私の家の近くには北陸本線が走っていて、よくあるパターンですが、父の後を付いて行って線路の中に入り込んだらしいのです。勿論、記憶は有りません。そこへあの時代だから蒸気機関車がやって来た訳です。
 その時、地区の名士で、後に"地区長"になる人が近くにいらして、機関車と競争して走り、間一髪、私と一緒に草むらに倒れ込み、助けて下さったのです。
 自分は記憶に無い事なので「お礼」の言葉さえ伝えていませんでした。それどころか何かと"辛く"当てっていたのです。例えば、その人に「泥」を投げつけたり。自分がどれだけ悪いヤツか‥この事だけでもお分かりでしょう。
 そして、自分が四十二の厄年を迎えた時、神社でお神酒を頂いた後、その地区長さんの横に座り、一言「ありがとう御座いました」と言ってビールを注がせて頂きました。そしたら、在所の人から「命を助けて貰ったお礼を言ったのか?」と言われました。その一言が全てです。私は「はい」と一言答えました。その地区長さんは涙目になっていました。それから1~2年でその地区長さんは亡くなってしまいました。糖尿病の悪化が原因でした。
 今、時々命について考える事があるのはそういう経験から来ているのだと思います。
【2】今度は怖い話になります。
 私が二十五の厄年の時です。怪我をして3週間ばかり入院しました。足首の骨にヒビが入っていました。ポッキリ行かなくて幸いでした。
 ただ、案の定、私は"嫌われ者"なのです。同じ病院に入院していた人と退院後、バッタリ出会いました。「やあ」という感じでは有りません。が、だけど、どうして仲良くしていた訳でも無いのに向こうから声など掛けて来たのだろう。‥今でも分かりません。
 結局の所、自分はどこか引き篭もった性格(だった)のかも。あの時代は25歳と言えば「結婚する事だけを考えていろ。結婚して男は一人前だ。」の感じだったから。‥今はどうなんだろう。そういう話さえ最近誰もしなくなったと思う。
 これからが事件です。余り細かい話はしない方が良いでしょう。まず、
①その人が自分を殴りました。何が原因でその時自分が何を言ったか‥はもう忘れました。
②自分はそこに置いてあった大きな「鉢植え」を"寄り掛かるように"落としました。そしたらその男は「お前わざと落としたな。」と言いました。実際の所は「わざと」落としたのです。そういう所が自分の悪な部分なのです。「器物」を損壊すると、その場を立ち去る事が出来ない。つまり、"事件"にせざるを得なくなるのです。
③次に起こった事は"近くで見ていたお店の人"がやって来て、その男に話しかけます。どんな話かお判りでしょう。人を殴っているのだから。
④今度はその男は"そのお店の人"を殴りました。
⑤次はそれを見ていた"別のお店の人"がやって来て、その男を一本背負いで投げました。二人の"お店の人"は握手をしていました。ここで話が終われば、‥だけど「器物」を損壊しているし、‥本当の事件はここからです。
⑥その男は動けなくなってしまったのです。元々その男は"腰を痛めて"長期入院してようやく退院できた、ある意味幸せな男だったのです。それが、コンクリートに叩きつけられたのだから、動けなくなるのも当然と言えば当然だったのです。
⑦自分は静かにその場を離れました。誰も自分を引き留めたりはしません。自分は殴られた人なのだから、当然と言えば当然でしょう。
⑧それからしばらく経つと、救急車がやって来て、その男を担架に乗せて運んでいる所に出くわしました。その時、自分が「身を隠して」いればこれ以上の事は起こらなかったのですが、ぼんやり見ていたものだから、"その男"は自分を見つけて、何も言わず、自分の方を真っすぐに「指さした」のです。
⑨自分はその男の傍へ行きました。そしたらその男は担架に寝かされたまま、いきなり自分に「噛みついた」のです。凄い力でした。その男は自分を「殺しに掛かった」事は間違い無いでしょう。自分はと言うと、その男の髪を右手で押さえながら、左手で男の「腰のあたり」を持ち上げ、そして担架からドロップアウトさせました。
⑩次の瞬間、"その男"は全身の力が抜けました。‥と言うより、口から泡を吹き、白目を向いていたのです。周りの人は皆「おい見たか。」という感じです。当然です。
⑪ようやく自分は解放されました。今度も誰も何も言おうとしません。救急隊員は"ズリ落ちた"男の下半身をもう一度担架に乗せ直して、男を運んで行きました。
⑫これで話は終わるのですが、その晩、母に「お前どうした。首の所に何かの跡がくっきりと付いて、真っ赤だし、血が出ているよ。」と言われました。
 母に何処まで説明したかはもう忘れました。又、"その男"が相当にヤバイ状態であろう事は想像に難くないでしょう。その後、母から、何か「風の噂」の様な話を聞かされました。でも、それはもう自分の中では「済んだ話」です。
 無責任な言い方になるかも知れませんが、人に暴力を振るったりすると、絶対に良い事など無いのです。(では「暴言」の類はどうか?‥百歩譲って‥そこまで追いかけていては世の中が回らなくなってしまうだろう。)
 最後になります。母は死ぬ間際に、私の「俺は頭が高いか?」という問い掛けに対し、「なん、高くない。」と言ってくれました。ほっとした気持ちになりました。
 テレビで、肉親を失った家族を見掛け、話を聞く機会が最近は増えた気がします。気持ちを知りたい、あるいは伝えたいという思いを自然に表す世の中になってきたのだと思って聞くようにしています。
 今、私は1人ですが、怖くは無いです。それは気持ちとしては1人では無いから。今後の事も「お金さえあれば心配ない。」と思うようにしています。時々、今時のお年寄りの話を聞く事があると、有難く聞こう‥位の気持ちで聞いています。でも、老け込んではいません。元気なお年寄りがこれからどんどん増える。これはつまりは凄くハッピーな事なんだと思う。
 最近は何かの災害の話ばかり聞かされるけど、事、お年寄りに絞れば、最高に良い時代の真ん中に、今、差し掛かっているのだ。と言う事を遠慮無くメディアが取り上げたら良いと思います。長くなりました。今日はここまでです。この先もちょっと怖い話の目白押しになりますが、全部昔話です。長い人生だから昔話はたくさんあって当たり前です。 では、また。

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